さよならさえも、下手だった
《夜十、》
そこから先は手が震えて書けなかった。
殺して、なんてとても言えない。
こんなに疲労している彼に、そんな頼みごとできるものか。
ふわりと鼻につく血のニオイは、きっと気のせいじゃない。
この人はきっと今日、ひとりの人を殺してきた。
「音都?どうした」
無言で首を横に振ると、その拍子に視界が滲んだ。
いつもの無表情に少しだけ困惑の色が浮かぶ。
怖くはない。
恐ろしくはない。
ただただ泣き叫びたくなるほど哀しい気持ちが胸を蝕んだ。
どうして夜十はこんなに優しいんだろう。
もっと非情な人ならよかった。
もっと人を殺すことに躊躇しない人なら、こんなに迷わなかった。
殺してほしいと一言書けばすべてが終わったのに。
無表情なのは冷酷な訳じゃない。
不器用なだけであることを知ってしまったから。
私はもう、殺してはもらえない。