さよならさえも、下手だった


「ここが私たちの家よ」

車から降りた時には驚きで開いた口がふさがらなかった。

これが家かと思うほど大きくて広いそこは、古びて薄汚れた孤児院とはまったく違った。


「ありがとうございます、よろしくお願いします」

「ああ、いいのよ」

家族になったのに敬語を使うのはやっぱりおかしかったかもしれない。
あわてて普通にしゃべろうと口を開いた瞬間。


「音都、だったか。君はこれから一切しゃべってはいけない」


どうして?

いきなり地面に叩きつけられたような衝撃が襲ってくる。
しゃべってはいけないって、どういうこと?


「お話は、中に入ってしましょう」


はい、と言いかけた口は半開きになったまま動かなくなる。
しゃべってはいけない、口を開いてはいけない。

言葉を発したら、ここから追い出される。


バカで幼い私は、しゃべれなくなることよりも孤児院に戻されることの方が怖かった。

あの優越感を、なかったことにはしたくなかった。


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