有料散歩
Prologue
もうすぐ、春。
新緑の季節はすぐそこまで来ているにも関わらず、風は肌を刺すように冷たい。
だが、土の中では冬の間雪の下に閉じ込められていた草花たちが、重い地面を精一杯に貫こうとしていた。
生命が一番その強さを明らかにする季節だ。
湿った大地に突っ伏して、春樹は土からのぞく蕗の薹(ふきのとう)の頭をつついた。
遠くから春樹を呼ぶ声がするが、聞こえないふりをした。
木立の中に寝転がっていれば見つからない。
服は黒のタートルネックと焦げ茶のズボン。
まだ緑が生えそろわない森の中では保護色だから見えずらいはず。
(でも…)と。
少しでも目立つ自分の顔の薄弱な、白磁の肌を隠すように、春樹は突っ伏した腕の中に顔を埋めた。
土の匂いがする。
雨の日に古いバスに乗った時の匂いに似てるなと春樹は思った。
歴史とか思い出が詰まっている匂いだな、と。