有料散歩
母国の土を踏んでから、あっという間に15年という歳月が流れた。
国にたどり着いてからは、懐かしむ余裕などどこにもなく、今日明日を生きることが必死だった。
父は、芳郎より一足先に日本にいた。
言葉を話さない肉塊となった父は、それでも運が良かった。
芳郎と母の元に帰ってきたのだから。
戦争で失われた沢山の命は、すべてが家族に戻ったわけではない。
むしろ、名も刻まれぬまま、どこぞに捨て置かれる方がはるかに多かった。
鎮魂の重い石碑がそこかしこに造られたが、失われた命の重さにはとうてい及ばない。
母は事実を受け止めると、強くなった。
父の遺体から血を抜き、その血で着物を染めた。
一瞬生々しい深紅に染まった布だったが、日に晒すと茶色くくすんだ。
それを、芳郎のために着た。
父の残してくれた家と土地。
それを売り、芳郎は学校に通った。
貧しさは意気地を育て、思いやりを育んだ。
また、憎しみを増強させ、それは燃え広がる炎のように広がった。
なにくそ、と歯を食いしばって時代に抗う者と、黒く淀んだ時代のうねりに沈む者。
芳郎と母は前者だった。
辛く苦しいのは皆同じ。
いつか、父が言っていた言葉が二人を守っていた。
『類は友を呼ぶのだ、芳郎。優しい人には優しい人が、卑しい人には卑しい人が、己を改める時は、つと周りを見るといい。意地の悪い者はいないか?思いやりのない冷たい者はいないか?それはそのまま自分のことでもあるのだ。だから、芳郎。いかなる時も、優しく、賢くありなさい。そうすれば、困った時に頼れる人が周りに沢山いるはずだ。』
芳郎は優しくあった。だからいつも助けてくれる手を得られた。
父が遺した言葉に、芳郎は常に感謝していた。
だが、芳郎は優しさゆえにまだ果たされない決心があった。
あれから、15年。
25歳になった芳郎。
明花は、30歳。
もう、顔を朧げにしか思い出せない。