有料散歩
陽気はまさしく春爛漫。
牡丹の葉がかさかさと擦れて音を出す。
その根本に春樹は手をついた。そして柔らかな土を掘る。
根を張るその元が危うくなり、牡丹が傾く。
けれども春樹は掘りつづけた。
爪の中に土が入り込む。
時折ミミズが顔を出す。
牡丹の髭根を躊躇いながらもちぎり掘り進めていると、カツンと爪先に硬いものがぶつかった。
土にまみれた缶。錆びて崩れそうになっている蓋。
そこには煎餅と書いてあるけれど、中身が煎餅ではないことは春樹にはもちろんわかっていた。
土を払って持ち上げる。
結構重い。
錆でへばり付いた蓋を爪を使ってこじ開けた。
数年眠っていた中身。虫食いや水の侵入による腐敗を覚悟していたが、中はビニール袋に包まれていて、危惧した様にはなっていなかった。
確認した春樹は、錆だらけの蓋を戻して小脇に抱え、斜面を一歩一歩確実に登る。
転げ落ちることのないように。心臓に無駄な負担をかけないように。
下った時の3倍以上の時間をかけて登りきった。
玄関口で夏が立っている。
春樹が近づくと驚いたような表情を見せた。
手を土まみれにして、同じように土くれを付けた缶を小脇に抱えていれば当たり前だ。
「おかえり。」
「ただいま。」
「えっと…、さっきのまだ何も聞かないで、ってやつは継続中?」
「…うん。」
「そか…。」
人差し指で頬をかいてから、夏はいつものようににんまり顔を見せた。
春樹もつられて表情を崩す。
いつの間にか夏のこの顔が安心感を与えてくれるようになっていたのだ。
「おやつにしよう。今日はティラミス。」
「うん、僕ティラミス好きなんだよね。」
「それは良かった。」