有料散歩
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「マー…、」
呟いた男は明花の子。
愛しい妻の子とあれば、血は繋がらぬとも、芳郎にとっても我が息子だ。
そう思って見れば、目元など明花そっくり。
足にしがみついて男を見据えているゆきに、そっくりだ。
「私は、貴方を、許せない。」
言葉ひとつひとつに念を込めるかのように男が言う。
「そうだろうな。」
と芳郎は頷く。
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さて、どうしたものだろうか。
自室に運び込んだいわくの代物。
蓋を外してから先、手をつけるのが躊躇われる。
思い出は埋めた所を見せてくれたが、中身を入れるところは見せてくれなかった。
よほど大切なものを入れたのだろう。
大切に記憶に刻まれた思い出は、おじいちゃんと一緒に逝った。
ごくりと喉をならしていざ。
春樹は震える指で中身をあらためた。
「これ…、」
錆び付いた布きれ。
黒く鉄分が酸化している。
開封してまず目に飛び込んできたものは、春樹が思い出の中で知り得たものだった。
芳郎、ゆきのおじいちゃんの母親が身につけていた着物の袖の部分。
布が錆びるなど普通ならありえないが、この着物は血が染みている。
戦争に散った彼の人の血。
それが中のものを包んでいる。
そっと、布を開く。
そこには、手帳のようなものがあった。
春樹はゆっくりと開いてみる。
黄ばんでしまった紙の上に、丁寧な文字が綴られていた。
―8月5日。
不思議なものだ。
戦争が終わったのはついこの間だと思っていたが、いつの間にか50年以上も過去のことになっている。
國の分岐点となったこの日、私にとっては因縁なのだ。明花が先に逝ってしまった。迷うところではあったが、父の遺骨と並べて墓に入れた。異国の地を踏ませて以来、一度も郷土に渡らせることなく、異国の地に眠らせてしまった。なんとも罪深い事だ。これを背負って死に向かうべきだとは解っているが、私は許されたい。
ゆえに、ここに懺悔録を遺す。―