有料散歩
日々の徒然を記し、明花を悼み、海の彼方の我が子を想う。
そんな内容が延々と綴られている。
しばらく読み進めていると、それまで丁寧だった文字が乱雑に書きなぐられたページに出くわした。
―12月7日
喜ぶ事を許して欲しい。
孫が生まれる。男の子か女の子かまだ定かではない。今から病院に向かう。―
生まれたのは女の子だ。
凛とした女の子。
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明花の安らかな眠りの前で、見事に咲いた牡丹が揺れている。
男は顔を歪めた。
母親を奪われ、戦争の残り火が燻る時代を生きるのは本当に辛かった。
下働きだった女が母であれば、地主の跡取りになどなれるわけもなく、その母もいなくなってしまっては、忌まれるのは必然だった。
だが、母を恨むわけにはいかない。
自分を生んでくれた人を恨むなんて出来なかった。
だから、その感情はそっくりそのまま、母を奪った男に向けられた。
いつか、対峙して恨みを晴らさねば気がすまないと思っていた。
その相手が今目の前にいる。
母が好きだった牡丹。
激情が沸き起こるのがわかる。
懐から取り出したのは小刀。
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自室に篭り、黙々と読み耽っていた春樹。
集中しているところに、トントンと軽快なノック音が響き、思わず肩を震わせた。
気づけば西向きの部屋に、眩しい夕焼けの光が差し込んでいる。
まともに眼に入れてしまうのは躊躇われるような光だ。
「…春樹くん?」
ドアの向こうから、夏の声。
「どうぞ。」
春樹が返事をすると、すぐさま扉を開けて夏が顔を覗かせた。
「風呂の時間だよ。」
ふとベッドの横のサイドテーブルへ視線を走らせると、なるほどそんな時間になっている。
春樹が視線を外したので、夏は春樹の手元をさっと見遣った。
薄汚れた手帳か、日記帳か、とにかくなんらかの冊子。
大きさと厚みが見合っていないそれの、中程のページが開かれている。
今の今まで読んでいたことは明らかだった。