有料散歩



日々の徒然を記し、明花を悼み、海の彼方の我が子を想う。

そんな内容が延々と綴られている。

しばらく読み進めていると、それまで丁寧だった文字が乱雑に書きなぐられたページに出くわした。


―12月7日
喜ぶ事を許して欲しい。
孫が生まれる。男の子か女の子かまだ定かではない。今から病院に向かう。―



生まれたのは女の子だ。


凛とした女の子。



************


明花の安らかな眠りの前で、見事に咲いた牡丹が揺れている。
男は顔を歪めた。


母親を奪われ、戦争の残り火が燻る時代を生きるのは本当に辛かった。
下働きだった女が母であれば、地主の跡取りになどなれるわけもなく、その母もいなくなってしまっては、忌まれるのは必然だった。

だが、母を恨むわけにはいかない。

自分を生んでくれた人を恨むなんて出来なかった。


だから、その感情はそっくりそのまま、母を奪った男に向けられた。


いつか、対峙して恨みを晴らさねば気がすまないと思っていた。


その相手が今目の前にいる。

母が好きだった牡丹。


激情が沸き起こるのがわかる。


懐から取り出したのは小刀。



************



自室に篭り、黙々と読み耽っていた春樹。
集中しているところに、トントンと軽快なノック音が響き、思わず肩を震わせた。

気づけば西向きの部屋に、眩しい夕焼けの光が差し込んでいる。
まともに眼に入れてしまうのは躊躇われるような光だ。


「…春樹くん?」

ドアの向こうから、夏の声。

「どうぞ。」

春樹が返事をすると、すぐさま扉を開けて夏が顔を覗かせた。


「風呂の時間だよ。」

ふとベッドの横のサイドテーブルへ視線を走らせると、なるほどそんな時間になっている。


春樹が視線を外したので、夏は春樹の手元をさっと見遣った。

薄汚れた手帳か、日記帳か、とにかくなんらかの冊子。

大きさと厚みが見合っていないそれの、中程のページが開かれている。


今の今まで読んでいたことは明らかだった。




< 113 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop