有料散歩
空の色が薄いセルリアンブルーからコバルトブルーへと移ろう。
時間と風と季節は立ち止まる事を知らないので、春樹を見下ろす大空も、ゆるゆると表情を変えはじめた。
気温も過ごしやすいものになり、衣服も身軽になった。
長袖のTシャツとジーンズに、薄手のパーカーという格好で、春樹は午後の散歩をしている。
山の上はだいぶん賑やかになっていて、不規則に並ぶ木漏れ日の網の目の下では動物や虫が目覚め、新しい命を唄っていた。
気持ちのよい風。
長くなってきた春樹の髪がうっとうしく顔にかかる。
ずっと考えていることは未だ答えが見つからない。
そもそも一人で解決できるような事柄じゃない気はしている。
でも、夏に助けを求めるのは何となく嫌だった。
ゆきはあれから毎日、牡丹が開くのを待っている。食事の時間以外の日中を、牡丹のそばで過ごしていた。
もともと細身の少女が、さらにか細くなったのは春樹の気のせいだろうか。
なんだか色々なことが停滞し、足踏みをしているようだ。
「はーるきくーん!ゆーきちゃーん!!おーやつだよーん!!」
夏だけが、あいかわらずで救われる。
山中にこだましたと思われる夏の呼び掛けに軽く笑って、春樹は慣れた土を踏み締めた。
東側からひょっこりゆきもやってくる。
「あれ?ゆきちゃん、なんだか嬉しそうだね?」
足取り軽く、柔らかな笑顔のこぼれるのを隠しもせずに、玄関に向かう春樹の腕に絡み付いたゆき。
「春、わかる?」
「うん、どうしたの?」
「牡丹ね、少しだけ花びら見えてきたのよ。」
「えっ?本当?!」
「うん!蕾のてっぺんが少しだけ緩んで、花びらが見えるの。…もうすぐ。」
毎日見つめていたので、愛着もひとしおだろう。
あんまりにもゆきが嬉しそうに笑うので、春樹も頬を緩めた。
「…春はさぁ、笑うとすごく綺麗ね。」
「え?」
「あ、男の子に綺麗っておかしいね、ごめんね。でも、天使って、春みたいな姿なのかもって時々思うの。」