有料散歩
先程までの重い足どりではなく、春樹はキョロキョロしながら山を歩く。体を気づかって何歩か歩いては足を止め休むが、瞳はあちらこちらへ忙しく楽しそうだ。
長身で脚も長い夏は、歩幅を小さめにして春樹に並んで歩いた。
「どう、春樹くん。散歩って結構楽しいだろ。」
「うん!」
素直な春樹に思わず吹き出してしまう。
「まだ動物も虫も…山自体が寝てるからな。
これからもっといろいろ見れるよ。」
「ほんとう。あ、カブトムシとか、セミとかいるかな。」
「ははっ、そりゃもちろん。なに、見たことないわけ。」
図鑑でしかないよ、と自嘲気味に笑う春樹に夏が尋ねた。
「そういえば春樹くんさ。さっき地面に突っ伏してただろ。倒れたのかと思ってびっくりしたんだけど、何してたんだ。」
顔を見るなりにんまり笑ったくせに、と思いながらも素直に答えた。
「土の匂いを嗅いでたんだよ。」
「土の匂い。」
「うん、なんかさ、しけっててカビっぽくて、でも暖かい感じでさ。古いバスの中みたいな匂い。
僕あんまり学校って行ってないんだけど、体育館のステージのでっかいカーテン…あの匂いもあんな感じ。」
「ああ緞帳な。へぇ、あれってそんな匂いだったんだ。」
「歴史とか思い出が詰まってるものって、ああいう匂いがするんだね。」
記憶の中にある優しい匂いを思い出し微笑む春樹の横顔。
春樹の頬は山歩きで少し紅潮していたが、その奥の肌は血管が浮き出るほど白い。
体を震わす程の寒さはないが、唇が少し紫色。
すらりと伸びた四肢は骨張っている。並んでいると、15歳にしては少し身長が低いようだった。
だが、綺麗な黒髪と豊かな睫毛を携えた二重。輪郭を覆うように伸びた髪はすこし癖があって、大きな瞳は吸い込まれそうな深い色だ。
笑うとえくぼが両頬にできる。
春樹はいわば美少年だった。
儚い宿命すらも、身に纏えばその容姿を際立たせるだろう。