有料散歩



綺麗に笑うのは、実は誰にでも出来ることじゃない。
愛想笑いや苦笑い。夏に至っては本気の笑顔すら上手にできないのだから。


春樹にとっての笑顔は、今生きていることを実感するためのツール。


「僕が天使なら、ゆきちゃんは女神様だね。」

春樹がなにげなく言った言葉を受けて、ゆきは赤面し、笑った。

久しぶりに柔らかな雰囲気をまとうゆき。
春樹の中で何かがスパークした。



「僕、ちょっとやらなきゃいけないことあるから、夏くんに言っておいて!」


玄関までたどり着いていた二人。
開けるなり、春樹は靴を脱ぎ捨てて二階の自室へ一目散。


突然の事にゆきは口をあんぐりあけて、その姿が扉の向こうに消えるのを見ていた。



「あれ?春樹くんは?」

「…やることあるって。」

「あっ、そう。」


ふーん、と鼻を鳴らして夏は冷蔵庫を開ける。


中には今日のおやつ。

バナナとショコラのカップケーキ。


甘いものが苦手な夏。

甘いものが好きな春樹。



美味しそうに食べるゆきを満足げに眺めていた夏だったが、やはり、と思い立って再び冷蔵庫を開ける。

冷気のもやは下へ下へと流れていて、一番下の段のカップケーキを包んでいる。

それを皿に乗せ、春樹の好きなミルクティーを甘くしないで煎れた。



うららかな春の午後。
紅茶とケーキ。

他に何を必要とするだろうか、満たされていく夏の気持ち。



「…春樹くん?入ってもいい?」

軽く扉を叩いてから、夏は春樹に呼び掛けた。

「どうぞ。」

開けると、机に向かう春樹の背中。

「なに?」

「おやつ、持ってきた。」

「え、わざわざ?ありがとう。」

「…何してんの?」

「ちょっと。」

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかと、俺は思うよ。」

「うん…、」

「で、今は何してるとこ?」

春樹の手元を見ると、薄汚れた封筒を睨みつけているだけ。

「なに、それ?手紙?」

「ううん。」

「中身見たの?」

「ううん。」

「じゃあ…、」




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