有料散歩



*************



とうとう足がもつれて、幼いゆきはじゃりの上に転がった。

慌てて助け起こす芳郎の瞳には、小さな怒りが沸いている。

男も、少しばかり動揺した。


泣き出すゆき。
ひざ小僧を擦りむいて、真っ赤な血が滲んでいる。

丸いひざ小僧全体を覆うように滲み出る血は、明花に捧げた牡丹のようだった。


痛い、痛い。
しみてくる血が、それを肯定し、ますます痛みを増幅させる。


しかしながら、無垢なゆきの涙とて、男のどす黒い感情をなだめることはできなかった。

再度手の中身を握りなおし、ゆきをかばうようにしている芳郎を捕らえる。

いや、

切っ先が向いたのは、芳郎の大事なゆき。


「大切な人を奪われる気持ちを、貴方も実感すればいい。どれほど、辛いか…、」


そう言って躍りかかった。

芳郎の頬を掠め、腕を掠め、震えているゆきの折れそうな腕を掴む。

そしてそのまま、小刀を振りかざした。






「…やめろ!!」

温厚な芳郎の怒号。

静かな墓地に響き渡る。
それは、安らかな眠りの場に相応しくない。

それでも。

「やめてくれ…!!」




男のどす黒さを映し出す刃が、振りおろさろた。





ザクッ―――




「…っ!!」




刃物の鋭い痛みと、
それに加わった鈍痛。



芳郎の肩から吹き出す血飛沫。


それが、牡丹を染めた。



「っ、おじいちゃん!!」










「…赦して、欲しい、とは言えんな。もう取り返せないくらいの、時間が流れた。」


手放しそうになる意識を、痛みでなんとかつなぎ止めて、芳郎が口を開いた。

頬にも、唇にも、瞼にも、己の血を浴びている。

生々しい臭いが鼻の奥、脳天まで届いている気がする。

獣医だった芳郎には、慣れたはずの臭い。
なのにどうして。
気持ちが悪いのか。




「…私は、罪深く、この血さえも…。」



汚れている。







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