有料散歩
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とうとう足がもつれて、幼いゆきはじゃりの上に転がった。
慌てて助け起こす芳郎の瞳には、小さな怒りが沸いている。
男も、少しばかり動揺した。
泣き出すゆき。
ひざ小僧を擦りむいて、真っ赤な血が滲んでいる。
丸いひざ小僧全体を覆うように滲み出る血は、明花に捧げた牡丹のようだった。
痛い、痛い。
しみてくる血が、それを肯定し、ますます痛みを増幅させる。
しかしながら、無垢なゆきの涙とて、男のどす黒い感情をなだめることはできなかった。
再度手の中身を握りなおし、ゆきをかばうようにしている芳郎を捕らえる。
いや、
切っ先が向いたのは、芳郎の大事なゆき。
「大切な人を奪われる気持ちを、貴方も実感すればいい。どれほど、辛いか…、」
そう言って躍りかかった。
芳郎の頬を掠め、腕を掠め、震えているゆきの折れそうな腕を掴む。
そしてそのまま、小刀を振りかざした。
「…やめろ!!」
温厚な芳郎の怒号。
静かな墓地に響き渡る。
それは、安らかな眠りの場に相応しくない。
それでも。
「やめてくれ…!!」
男のどす黒さを映し出す刃が、振りおろさろた。
ザクッ―――
「…っ!!」
刃物の鋭い痛みと、
それに加わった鈍痛。
芳郎の肩から吹き出す血飛沫。
それが、牡丹を染めた。
「っ、おじいちゃん!!」
「…赦して、欲しい、とは言えんな。もう取り返せないくらいの、時間が流れた。」
手放しそうになる意識を、痛みでなんとかつなぎ止めて、芳郎が口を開いた。
頬にも、唇にも、瞼にも、己の血を浴びている。
生々しい臭いが鼻の奥、脳天まで届いている気がする。
獣医だった芳郎には、慣れたはずの臭い。
なのにどうして。
気持ちが悪いのか。
「…私は、罪深く、この血さえも…。」
汚れている。