有料散歩
「…春樹くん?」
「夏く…、」
「また泣いてるし。」
「だって、」
庭に据えられた小さなベンチに腰掛けて、夏はその細い肩を労るように抱き寄せた。
「えっ、何?!」
「いいから。俺にもちょっとその涙を分けてほしいだけ。」
夏はそう言って春樹の頭を撫でる。
「ゆきちゃんがいなくなって寂しい?」
「うん。」
「…ははっ、相変わらず素直だねぇ。」
「だめ?」
「や、羨ましいだけ。」
「あのね、夏くん。」
「ん?」
「僕、あの時の質問に今なら答えられるよ。」
「あの時の質問?」
「悔しい理由。」
「ああ、」
いつだったか、夏が春樹に言ったこと。
解ったら教えて、と夏は言っていた。
「あのね、足りないんだよ。」
「足りない?何が?」
「思い出が。」
気の遠くなるような時間の流れの中に、窮屈なほどに詰め込まれていた思い出たち。なのに春樹は、足りないと言う。
「…どういう事?」
夏が首を捻った。
「だからね、思い出って、嬉しいことも、悲しいこともあるでしょ?」
「ああ。」
「嬉しいことと、悲しいことの…重さっていうのかな、比重は違うんだよ。悲しいことのほうが重い。」
春樹はゆっくりと言葉を選びながら続ける。
「嬉しい事が10個あっても、悲しい事がひとつあると、嬉しい事は霞んじゃう。悲しい事ひとつを打ち消す為には、嬉しい事をたくさん重ねていかなきゃならないんだ。…嬉しい事がたくさんないなら、命くらい大切で重い思い出が必要なんだよ。」