有料散歩
なるほど、と夏は思う。
春樹と出会ってから、夏は新しい考え方をいくつも得た。それはとても優しくて面映ゆい考え方だ。
「じゃあ、最初のバスの思い出で、嬉しい事が足りなかったってこと?」
「うん、でもちょっと違う。バスはね、嬉しい事をいっぱい思い出として持ってたけど、最後の最後に悲しい事がひとつだけあったんだ。だから嬉しい思い出が霞んじゃった。しかもその思い出が最後だったから、悲しいまま。それってすごく悔しいんだよ。」
あの、どうしようもない悔しさ。
春樹は奥歯を噛んだ。
「じゃあ、木の思い出は?」
「うん、あれはね、僕が悔しかっただけ。」
「春樹くんが?」
「そう。理解できなかったんだ、あの暖かさを。」
暖かさに包まれて、御神木は倒された。根を掘り起こされた。
体には尋常ではない痛みが走るのに、何故なのか。
「今も、わからないんだけどね。」
春樹は眉唾する。
「何がわからないんだ?」
「すごく大きな木だったのに、自分を細かいものだって思ったんだよ。それどころか、細かいものであることが、嬉しかったんだ。」
「……。」
「虫や鳥や、人が見上げるほど、それでもてっぺんなんて見えないほど大きな木が、細かいだなんて。それが嬉しいだなんて。…わからないでしょ?」
「確かに…、なんでだろうな?」
「ふふ、夏くんでもわからないんだね。」
「そりゃ、俺にもわからないことは山ほどあるさ。」
「そうなの?」
「まあね、だから春樹くんと話してると、色々な発見と驚きがある。」