有料散歩



なるほど、と夏は思う。
春樹と出会ってから、夏は新しい考え方をいくつも得た。それはとても優しくて面映ゆい考え方だ。

「じゃあ、最初のバスの思い出で、嬉しい事が足りなかったってこと?」

「うん、でもちょっと違う。バスはね、嬉しい事をいっぱい思い出として持ってたけど、最後の最後に悲しい事がひとつだけあったんだ。だから嬉しい思い出が霞んじゃった。しかもその思い出が最後だったから、悲しいまま。それってすごく悔しいんだよ。」



あの、どうしようもない悔しさ。
春樹は奥歯を噛んだ。



「じゃあ、木の思い出は?」

「うん、あれはね、僕が悔しかっただけ。」

「春樹くんが?」

「そう。理解できなかったんだ、あの暖かさを。」

暖かさに包まれて、御神木は倒された。根を掘り起こされた。

体には尋常ではない痛みが走るのに、何故なのか。

「今も、わからないんだけどね。」

春樹は眉唾する。

「何がわからないんだ?」

「すごく大きな木だったのに、自分を細かいものだって思ったんだよ。それどころか、細かいものであることが、嬉しかったんだ。」

「……。」

「虫や鳥や、人が見上げるほど、それでもてっぺんなんて見えないほど大きな木が、細かいだなんて。それが嬉しいだなんて。…わからないでしょ?」

「確かに…、なんでだろうな?」

「ふふ、夏くんでもわからないんだね。」

「そりゃ、俺にもわからないことは山ほどあるさ。」

「そうなの?」

「まあね、だから春樹くんと話してると、色々な発見と驚きがある。」



< 134 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop