有料散歩
代償…。
確かに、払うだけの価値のあることをあの思い出から春樹は学んだ気がした。
「代償って言っても、お金じゃない。…思い出だ。」
「…思い出?」
思い出の代償が思い出とは。まるで矛盾することなのに、夏にはからかっている要素はない。
思案を巡らせている春樹の頭に、ひとつの言葉が蘇った。
初めて思い出の蔵に連れられたとき、夏が言ったのだ。
『最初はお試しって事で無料だ。』
と。
無料というからには、本来は有料なのだ。何か払わなければならないのだ。
その何かは、お金ではなく、思い出。
「…どうやって払うの?」
思い出の支払い方法。
もちろん春樹はそれを知らない。
「あー…、じゃあこの際だから話そうか。俺の思い出を詳しくさ。」
春樹と夏が出会ってから、夏が自分のことを話すと言ったのはこれが初めてだ。春樹の話しはいつだってよく聞いてくれていたけれど。
だから春樹は更に驚いて、うれしくなった。
夏は戸惑っていたけれど、春樹の言葉や思いやりが、いかに自分を変えたか気づいていたから、話すことに踏み切った。
「…俺が生まれたのは、思い出の蔵の中だったんだ。正確にはまだこの世に生まれてないけどな、気づいたら俺は魂で蔵の中を漂ってた。肉体はまだ無かった。音も熱もない空間で、光の粒を避けながら、ただただ浮かんでた。だから俺は最初、自分も光の粒なんだと思ってた。周りに浮かんでるそれらと同じだと。ずーっと漂い続けるだけのものだと思ってたわけ。」
夏は続ける。
「けど、しばらくしたら腹が減ってな。どうしようもなくなった。周りには光の粒しかないし。で、食ってみたわけだよ。」