有料散歩
まるで違う二つの想い。
けれど本質は同じ。
二人はまだそれに気づかなかった。
夏は話し続ける。
「それからしばらくして、二人の人が俺の元にやってきた。思い出の中じゃなく、光の粒以外で初めて温度を持ったものだった。何となく嬉しくなって、俺から近づいたんだ。そしたら、髪の長い方が俺を手に取って食べた。あの時は焦ったなぁ。」
笑いながら話す横で、春樹は真剣な表情を崩さない。
夏の言葉をひとつも逃したくない。そう感じていたからだ。
「まぁ、その二人ってのが、俺の両親だったわけなんだけどな。食べられてしばらくは心地好い感触の中でのんびりしてた。あれは母親の腹の中だったわけだけど、未だにあの場所より心地好い場所なんて俺は知らないね。」
懐かしそうに目を細める夏は、その心地好さを反芻している。
春樹だって同じ場所に居たことがあるはずなのに、かけらも思い出せなかった。
「んで、またしばらくして、俺はその場所を追い出された。」
夏が春樹に向けてにんまりする。
「俺は力いっぱい抵抗した。こんないい場所を追い出されてたまるかって。後で母親に、難産で苦労したと小言を言われたけどな。」
「うん、夏くんはそうやって産まれてきたわけだね。覚えてるのがすごいけど。」
「まぁね。俺は絶対に思い出を忘れない。今まで食った思い出も。俺自身の思い出も。」
莫大な記憶が、今夏の中に潜んでいる。時々かいま見せる知識も、ほんの破片に過ぎないのだ。
春樹が消化した思い出だって、永い永い年月を見せてくれたのに、それよりも遥かに永く、夏は思い出と歩いてきたのだ。
「産まれてからは、ひたすら思い出を食った。眠ればいつだってあの空間に行き着くし、そのうち起きてても意思ひとつで行けるようになったから。不思議だったのは、両親が一度来たっきりで、他の家族には思い出の蔵で会ったことがなかったことだな。」