有料散歩
冷たい病院の長椅子。
そこに腰を下ろすことなく、夏は赤いランプを睨む。
病院に着くまでの間、救急隊員の制止を振り切って、できる限りの処置をした。
救急車に乗ってすぐ、一度春樹の心拍は停止した。
夏の施した心臓マッサージにより心拍は戻ったが、意識はないままだった。
冷や汗と、脂汗と、どうしようもない不安感。
今まで閉じ込めていた何かが爆発したような、どうしたらいいか解らない感情が沸き起こる。
とにかく、
春樹に、
生きてほしい。
行き着いた答えに、夏は戸惑った。
なぜなのか、それは現状では答えられない。
今は考えていられなかった。
ピッピツ、と機械音が耳に留まる。緊迫感は扉の内側、春樹が運ばれて行った先から漂ってくる。
「…但野さんっ!!」
「っ、春樹は?!」
春樹の両親が駆け付けた時には、夏はすっかり憔悴しきっていた。呼吸もままならないほど。
二人に頭を下げながら、どこかほっとする。張り詰めていたものがほんの少し緩んだ。
「は、春樹はっ…!!ねぇ、春樹っ!!」
「喜美子、落ち着きなさい。…但野さん、春樹の様子を教えていただきたい。」
「はい…。夕食前に、倒れていて…意識はそれから戻っていません。救急車の中で一度心拍停止状態になり、約1分ほどの心臓マッサージで戻りましたが、脈は弱く…、病院に着いてからは、まだわかりません。」
「そう…ですか。」
「あぁ…、春樹…、」
三人が見上げる先には、赤いランプが点っている。
ここがどこなのかを明確に知らせるそれを、ただ黙って睨みつけるしかできなかった。
永遠とも思える時間が過ぎていく。
時計の秒針がチクタクと音をださなければ、時間の概念なんて持てそうもない。
三人とも、そんな心持ちだった。