有料散歩
眠らない日々が続いた。
昏々と眠り続ける春樹を想い、眠らない日々が続いた。
規則正しく続く機械音が、まるで時限爆弾のように感じられて、不安が募ってゆく。
「但野さん…、少しは休んでください。」
集中治療室のガラス窓の側で、一日じゅう春樹を見ていた夏に喜美子が声をかけた。
「はい…、」
夏の返事はそれきり。何度も同じやりとりを繰り返している。
体じゅうに機械の管やら点滴の針やらを付けられて、春樹の体は象の足のようにむくんでいた。
遠目にも、近くでも、それが人間の皮膚だとは瞬間的に判断できないだろう。
痛々しく、可哀相だ。
「春樹は…、」
喜美子が夏の隣に腰掛け、普段と変わらぬおだやかさで口を開いた。
「春樹は、但野さんにお会いしてからずいぶん変わったように思います。…いえ、悪い意味でなく。はつらつとした、年相応の男の子になってくれたように思うんです。」
こうして喜美子から春樹のことを聞くのは、いつかのカフェ以来のことだ。
「いつもどこか諦めたような、変に大人びたあの子だったのに、無邪気にお散歩の様子を話してくれたり…。但野さんのおかげだと感謝しているんです。」
「いえ、そんな…、」
「いいえ。本当に。私たち親ではどうしてもね…、気づかせてあげられなかったことですもの。」
喜美子の言わんとしていること。
それを夏は判っている。
一番近い場所にいるから、寄り添いすぎてしまうのだ。
辛さを辛いと感じるから甘やかしてしまう。
苦しみを変わってあげたいと思う余り、過保護が過ぎてしまう。
「主人とも話しましたの。春樹を、本当に狭い世界に閉じ込めてしまっていたなぁ、って。」
ゆっくりと呼吸をしながら、喜美子は話す。