有料散歩
「私たちはただ、春樹が無事に成長してくれれば良かったんです。変わらず側にいてくれたら…と。でも違うのよねぇ。普通の親は、いつか離れていくことがあるんだと知っているのよね。私たちはそう思っていなかった。諦めていたのは…、私たちの方だったのかもしれませんね。」
ここ数日でこけてしまった頬を抑える喜美子の横で、夏もまた、両手で顔を被った。
一番諦めていたのは、自分だ。
そう思った。
「春樹は、本当はもともと普通の、どこにでもいる男の子だったのかもしれない…、そう思った時、私は本当に後悔しました。そう思ったのは、但野さん、あなたが春樹と居てくれたからなんです。」
「そんな…、俺は何も…、」
「いいえ。春樹はあの山の家に行ってから、とても明るくなりましたもの。自分の可能性を、自分で見つけられる子になりましたもの。だからきっと、生きていたいと、思ってくれています。生きてやりたいことが沢山あるんだぞ、って踏ん張ってくれていますわ。」
ガラス窓の向こう。
春樹は踏ん張っている。
生きたいと、頑張っている。
「俺は…、」
夏は?
「俺も…、」
夏も?
生きてやりたいことがある。
そうだ、
生きて感じたいことがある。
思い出を、
たくさんたくさん、
作りたい。
悲しいだけじゃない、
悔しいだけじゃない、
切ないだけじゃない、
思い出を。
いつか飲み込まれてしまうから、何も残らないから諦めるんじゃない。
悲しくて悔しい思い出を、逆に飲み込んで打ち勝つくらいの、楽しい思い出を作ればいい。
そう、春樹は教えてくれたのだから。