有料散歩
ペースメーカーの手術は2時間ほどで無事に終わった。
局部麻酔だけだったので、春樹の意識もじきに戻った。
ゆっくりと開かれた春樹の瞼の先には、心配そうに覗き込む三人の顔。
春樹はふっ、と口元を緩めた。
「…僕は大丈夫。」
まだ大丈夫とは言い切れないのは体のほうで、春樹の気持ちがもう大丈夫なのだ。
ちゃんと強い意志で、
生きたい、
と思えている。
「春樹…、頑張ったな。」
「父さん、まだだよ。僕はこれから頑張るんだ。」
「そうか…、そうだな。ペースメーカーをつけたんだ。今まで出来なかった色々なことをしような。」
「うん。」
「あ、そうだ、春樹くん。」
「なに?」
「ゆきちゃんから手紙が来てるんだよ。」
「え、ほんと?!見せて!…っく、」
「ああ、春樹くん、まだ動いちゃだめよ。」
かさかさと封筒を開く春樹の指先はまだ腫れが酷い。もどかしそうに、手紙と四苦八苦しながらようやく開いた手紙には、ゆきの可愛い文字が並んでいた。
ゆきは春樹の病気を知らない。
元気いっぱいのゆきの手紙からは、ふんわり笑う声が聞こえてきそうだった。
「…ゆきちゃん、何て?」
一通り目を通した春樹に、夏が声をかける。
「うん、叔父さんと連絡が取れたんだって。会う約束もしたみたい、…よかった。」
あの牡丹はもう花の盛りを過ぎて、濃緑の葉だけになっていた。
けれども、春樹が見てきた思い出は今も鮮やかな赤紫を揺らしている。
だからゆきの嬉しそうな顔を想像すれば、春樹も心底嬉しくなれるのだった。