有料散歩
「春樹くんは知っているかな。」
学校の先生みたいな口ぶりで夏は言う。
「人間の脳っていうのはね、思い出を忘れない。
ちゃんとどんなことも引き出しにしまってあって、引き出しまでの道さえあればいつでも取り出しに行ける。」
ただ、と夏は春樹を見据えた。
「道順はいつも同じじゃないんだよね、これが。
だから道を間違えて、引き出しに辿り着けないときもあるんだよ。
春樹くんはそういうことない。思い出せそうなのに、なかなか出てこないこと。」
「うん…ある、けど。」
同意した春樹をさらに引き込むように夏が続けた。
「で、何を思い出したかったのかさえ忘れちゃう。そのうち引き出しにしまった事すら何だったのか解らなくなる。いわば迷路みたいなもんだ。
で、ここには辿り着いてもらえなかった思い出が蓄積されてくわけ。」
思い出、それを溜めておく蔵。空間。
けれどつじつまが合わない。