有料散歩
第三章*バスの思い出
(ふぅ)、と夏に気づかれないようにため息をついた。
まだ混乱する思考回路を整理しつつ、本題を投げ掛けた。
「それでこの中の思い出をちょっと拝借するの。」
「そういうこと。」
光の粒の間をすりぬけながら夏はずんずん進んでいく。
「それで、僕にその思い出を詰め込むの。」
「そうそう。」
足音こそ響かないが、落ちて行かない足元にいくらか安心し、春樹も追いかけた。なんとも不思議な感覚だった。三半規管はこんな場所でもちゃんと機能するものなんだな、なんて事を考えながら夏の真後ろを付いていく。
「おっと、これがいいかな。」
突然足を止めた夏。当然のようにその背中にぶつかった春樹が素っ頓狂な声を出した。
「ぶっ!…ちょっと急に止まらないでよ。」
ぶつけた鼻を押さえながら春樹が文句を言った時
ぽんっ
と口の中に何かを入れられた。
ぐっ、とのどにつかえたが、勢いで飲み込んでしまった。
「なにっ!」
何を飲み込んでしまったのかわからずに、狼狽する春樹を夏はにんまりと見ているだけ。
(まったくもう)…と怒りが込み上げてきたが、
突然感情が止まった。
こんなことってあるだろうか。
すとん、と感情が止まってしまった。
かわりにものすごい勢いで睡魔が襲う。
瞼が重くて重くてたまらない。
「いってらっしゃーい。」
かろうじて見えたのは、ひらひらと手をふり案の定にんまりと笑う夏の顔だった。