有料散歩





その日は朝から土砂降りだった。
台風が来ていた。




「あれまぁ。これじゃあ、誰も外ば出歩けんじゃろうねぇ。」

雨戸の隙間から外を眺めて、女学生が言う。


青年は渋い顔をして、
ちゃぶ台をこつこつと叩いた。

そして思い切ったように立ち上がる。


「千代、あんちゃん町までバス回してくるがぁ、家のことよう頼む!」

塞きを切ったように、板張りの廊下を土間に向かう。

青年が歩くと廊下が軋む。


「なに言うがぁ!こんな雨風で!飛ばされてしまう!」

無謀な青年を必死に止める。
恰幅のいい青年の前に飛び出したものの、
か弱い女学生は止めきれない。


「こんな日に誰もバスには乗らんじゃろうに、行ったって無駄じゃろ!」


「今日は行かなならんのじゃっ!!」

「――…っ。」


怒鳴られて硬直した女学生の頭を撫でて、
青年が言う。


「…今日な、丈さんとこのな、出稼ぎに行っとった末子帰って来るんじゃて。

だいぶん前からおっ母さんに頼まれててな。

今日の昼過ぎの汽車やから、
ちょうどバスの巡回時間も合うしな、
バスに乗せてやってな、
て何遍も頭下げるんじゃ。」


女学生は泣きそうになりながら、
青年を見上げる。

「…んだが。気ぃつけて、な。」

青年は微笑み、
女学生の頭をくしゃくしゃ撫でる。




雨に打たれながら、
春樹は家の中の様子に耳をすませていた。

あ、来た。

青年がドライバーキャップを目深にかぶり駆けてくる。

こんな日にも行くのか、と思いながらも、
感情はなにも起こらない。


「よう頼むな、相棒!」


そう言って青年はバスを走らせた。



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