有料散歩
第五章*名前の由来
さて、思い出から戻り涙も納まった春樹は夕食の後、体調が悪いからと早めにベッドに入った。
食欲もなく、一口二口がやっとだったのに、夏はおやすみとしか言わなかった。
「…さっき泣いたから。胸、苦しい…。」
呼吸もなんだか覚束ない。
不安が募り、心拍も乱れている感じがした。
春樹の体はあまり芳しくない。
去年の終わりに受けた手術のおかげで、なんとか今は安定しているものの、まだ治療は最終段階まで進んでいなかった。
あと何度か手術をしなければいけないはずなのだが、匙を投げられてしまったのだろうか。
ぽつりとつぶやいた言葉が、こうして叶えられている。
限られた余生を存分に楽しめということだろうか、と春樹の心は後ろ向きにならざるを得なかった。
苦しさを紛らわるため読書でもしようと起き上がりかけたとき、
ノックの音が響いた。
「春樹くん。もう、寝た。」
「…起きてる。」
「入ってもいい。」
「どうぞ。」
2階の二部屋のうち西側を自室にしたのは、朝日よりも夕日が好きだったからだ。
室内は広く、木の柔らかな匂いが暖かい。
その部屋の扉をそっと開けて、夏が顔を覗かせた。
春樹は上半身を起こして、サイドテーブルに置かれたスタンドライトを付けた。
「…横になったままでもいいよ。」
「うん、大丈夫。なに。」
「ああ、ちょっと様子を見に来ただけなんだけど。」
さっきは心配の言葉もかけなかったくせに、と春樹は思った。
ベッドサイドまで歩み寄った夏はそのまま膝をついた。
「手、見せて?」
左手を出す。
「ああ、少し、腫れてるな。」
爪の先が紫がかっていた。
夏は手の平を離すと、今度は春樹の口元を見た。
やっぱり少し血色が悪い。
「心音、聞かせてもらえるかな。」