有料散歩
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「こんにちは、春樹くん。」
がさがさと腐葉土になりつつある落ち葉を踏み分けて、地面に突っ伏したままの春樹の傍らで男が立ち止まった。
顔を腕の中に埋めて、土の匂いをかいでいた春樹がはっと顔を上げた。
男はにんまりと笑っていた。
「お母さん、呼んでるよ。」
それだけ言って踵を反す。
見つかってしまったら仕方ない、と春樹は立ち上がって服の土を払った。
僕が行ったら母さんが行ってしまうじゃないか、と思いながら足どり重く家に向かう。
春樹の療養のためにと山ごと家を買い、空気のよいところでゆっくりしっかりと病と戦うように、と両親が決断したのはつい先月のこと。
余命を宣告された以上、重苦しい病院のベッドでじっとしているのが嫌でわがままを言った春樹だったが、
まさか本当にこうなるとは思ってもみなかった。
何度目になるかわからない入院中、病室のベッドの上で春樹は窓の外を見ていた。
「あの、山に住みたい。」
雪を被った丸坊主の小さな山。
今まで病院と家とを行ったり来たりの春樹にとって、自然の中で暮らすなんてことは未知の世界だった。
病院は精密機械と点滴に囲まれた森のようなところ。家での薬漬けの生活は、飲めば癒える泉のようなところ。
普通の森も山も泉もテレビや本でしか身近に見ることは叶わなかったけれど、少しでも気持ちを紛らわせようと、そんなふうに無理矢理思い込もうとしたこともあった。
医師の診断や退院時期、その後の通院の計画が終わり、準備はあっというまに整ってしまった。
山の雪が溶ける頃までに住めるようにする、と言った父さんの言葉通り、春樹は小さな山の上に立っていた。
本当は冗談にするつもりだった。余計な心配や面倒をかけさせないように、春樹はいつも笑顔で闘病していた。
ただ、先が見えなくなって少し気持ちが折れた。
両親はそんな春樹の弱音を聞き流してはくれず、大枚を叩いたのだ。
寿退社の母さんが昔の職場に復帰する、と聞いて心底後悔したがもう遅かった。