有料散歩
「春樹くん、今日はこの後なにするか決まってるの。」
絶妙なアルデンテのパスタをフォークに絡めていると、夏がうきうきした様子で尋ねてきた。
今日の天気は雨模様。もちろん外には出れない。
昼過ぎの日課になっていた散歩というか散策は断念せざるをえないだろう。
「うーん…読書でもしようかと思ってる。」
「読書か…なんの本。」
「この間父さんがくれた本。北欧神話全集。」
丁寧に図解まで施された図鑑ばりに大きく分厚い本だ。
ページ数と文字の細かさに読む気を削がれ、最初のほうを斜め読みしただけで閉じてしまった。
「お、ようやくあれ読む気になったか。」
「…気が乗らないけど。せっかく父さんが買ってくれたからね、読まなきゃとは思ってたんだ。」
何度か寝る前に読もうと試みたが、開くだけで眠気に襲われる恐ろしい本なのだ。
もう昼間読むしかないと諦めて、リビングに置きっぱなしになっていた。
「俺ちょっと拝借して読んでみたんだけど、結構おもしろかったよ。ただ、北欧神話をまったく知らない人が読む本じゃないかもな。入門編ではない。」
「うん、全然わかんない言葉ばっかりで…
なんて言うか、前半部分を見逃した推理ドラマを見てる気分になる。」
「ははっ、そりゃわかんなくなるな。そか…じゃあ俺があらすじを話して聞かせよっか。」
「夏くん北欧神話知ってるの。」
「まぁな。俺自身の記憶じゃないけど、知ってるよ。」
誰かの思い出のことだろうか。
春樹は夏が思い出の粒を飲んだところを見たことがない。けれどやっぱり夏はあの粒を飲んで思い出に入り込むことはあるのだろう。
いやに博識で、知らないことなどなく、出来ないこともない完璧さは、あの膨大な思い出や記憶があれば説明がつく。
昼食の後、
確実に眠気が襲うだろう北欧神話全集には手を出さず、春樹は夏の申し出を素直に感謝して受け入れた。