有料散歩



「そのくだりが聞きたいの。」

「え。全部聞きたいよ。」

夏が苦笑した。
それはそうだ。神話というのはいずれも長い。

「全部話したら何日かかるんだよ。俺が話すのはかいつまんであらすじだけ。あとはあれ、自分で読みな。」

テレビの脇に立て掛けてある北欧神話全集。
目線だけちらりと向けて、春樹はすぐ夏に向き直った。

「じゃあ、やっぱりユグドラシルのことが詳しく知りたい。」

春樹の樹はユグドラシルのことなのだ。
父親のあの言葉も気になったままの春樹は、一番知りたいことを素直に言った。

夏がにんまりして頷く。


「おし、じゃあユグドラシルのことだな。…んー。それならノルンの女神の話をしなきゃだ。」


気合いを入れるように腕まくりをし、夏はさらに乗り出して口を開いた。



「ユグドラシル、
神の世界にも
人の世界にも
貫いてそびえる宇宙なる木。
それは巨大なトリネコの木。

その根は地中の世界にも通じ
3つに別れた根本には
それぞれ泉があった。

トリネコの葉の生い茂る天辺は
光の妖精たちが住まい
心の清い死者の行く末。

さらにその上には、
千里をも見渡せる瞳を持った
鷹が住まう。
その眉間には
羽ばたく風の主たる
ヴェズルフェルニル
をとまらせた。

この、
ヴェズルフェルニル。
忌み嫌うは
地中ユグドラシルの根本、
そのひとつ
フヴェルグルニルに住まう
大蛇ニヘグ。

世界を貫くユグドラシルの
上と下とで何故嫌うのか。
姿の見えない両方を渡すのは
悪戯の化身なるラタトルクス。
そもそもの事は
ユグドラシルを行き来する
栗鼠のラタトルクスがなせる事。

ヴェズルフェルニルに進言し
ニヘグの悪態。
ニヘグに進言し
ヴェズルフェルニルの悪態。

ラタトルクスは
世界の上と下とを走り回った。」


「あ…、」

父さんが言っていた走り回る出っ歯。
正体が見えた春樹はつい声を上げてしまった。
答えはリスのラタトルクスだ。


「ごめん、なんでもないよ。続けて続けて。」

嬉しそうに微笑む春樹をきょとんと見ていた夏だが、気を取り直して再開した。



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