有料散歩



「おじいちゃんはね、牡丹には幸福っていう意味もあるんだって言ってた。あたしがおじいちゃんに幸福を授けにきてくれたって、ありがとうって言ったの。」

小さな肩が緩やかに揺れている。

おじいちゃんを思い出すゆきは穏やかな表情だ。

でもどこか寂しげでもある。

「けどね、あたしはそれでも牡丹が苦手だったの。ううん、ほんとは花はみんな好きじゃないの。」


花が好きじゃない女の子なんて、と春樹は驚く。

言葉を紡げない春樹に代わって、夏が口を開く。


「なんで花が好きじゃないの?」

「花はすぐ枯れるでしょ?」

その通りだ。
でもだからこそ、儚いからこその美しさに人は魅了されるのだ。


「大切に育ててもね、すぐに枯れちゃう。散っちゃう…哀しくなるから苦手なの。」


ゆきがぼんやり外を見る。
この小さな山はようやく春の息吹がふりかかったところで、花はまだない。

「…おじいちゃんはね、花を枯らせない事はできないけど、花は生まれ変わるんだよって言ったの。」


「花が生れ変わる?」


「そう来年また咲くよ、って。」

なるほど、根が枯れない限りは花はまた咲く。
当たり前の事なのに、春樹はそうか、と納得して頷いた。

「なのに、咲かなかった。」

呟くゆき。

「牡丹は、咲かなかった。幸福の花なのに、全然そんなこと感じなかった。葉っぱだけ、お皿みたいに広がって、首から上がないみたい。見てるのが気持ち悪くて…、あたし切っちゃったの。根本のとこをはさみでばっさり…」

「ばっさり…」

ゆきが牡丹を擬人化して話すものだから、想像するに生々しい。


「おじいちゃんが、大事に育ててって言ってくれたあたしの牡丹…。その頃はまだおじいちゃんはこの家に暮らしてて、電話して謝ったら、おじいちゃんが飛んできたの。それで牡丹の根っこを傷つけないように掘り起こして、持って行った。」



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