有料散歩
************
視界いっぱいに広がる天の川。
雲ひとつない夜空に、しゃらしゃらと音が聞こえるような気がする。
それくらい、星がたくさんだ。
春樹の意識は今、ゆきのおじいちゃんの思い出に縛られ、美しいという感想は出てこない。
拓けた野原に寝転んで、腕を枕に夜空を見上げている瞳の持ち主、名前は柊芳郎。
少女が隣でうたた寝をしている。
凛とした印象の、小柄な少女。
「明花…」
メイホワと発音した芳郎。
うとうとする少女の肩をそっと揺らし、何かを呟く。
すると少女がまぶたを持ち上げて、芳郎をその瞳に映し出した。
ふんわりと微笑んで体を起こし、口を開く。
芳郎も、明花も日本語ではない何語かを話している。
そのまま連れだって歩き出し、野原を過ぎると寂れた町があった。
明花をそこに残し、芳郎はまた歩き出す。
たどり着いた先は先程の町同様に廃れた集落だった。
その一つの建物の扉を開ける。
「ただいま。」
「ああ、芳郎、どこ行ってたんだい?心配したよ。」
「…ちょっと。」
「父さんがお前に話しがあるそうだから行ってきなさい。」
芳郎は奥の部屋へ向かう。
部屋の中には、窓辺に椅子を置いて夜空を見上げる背中があった。
「父さん、話しって…」
「芳郎か…今日は七夕だなぁ…」
振り返らないまま、父がぼそっと言う。
芳郎は椅子を窓辺に寄せて、そっと腰を下ろした。
「お國は、まだ戦争を止めないな。」
「はい。」
「まだお前が生まれる前だが、儂には昨日の事のようだ。」
父が言うことの意味を芳郎は痛いほど分かっている。
まだ20年と経たない近い過去の、今日この日。
日本と中国とが全面的にぶつかり始めた。
虚構橋にて言葉にはし難い光景が繰り広げられた。
そのすぐ後には、通州事件という痛ましいこともあった。
何度も繰り返し聞かされていた芳郎は、まるで見てきたことのように鮮明に想像できる。