有料散歩
それから程なくのことだった。
日本に、
原子爆弾という、
殺戮兵器が落とされた。
広島、
そして長崎。
一瞬にして数え切れない程の命が消滅し、かつ、何十年にも渡る爪痕が刻まれた。
それが生み出したものは何もなく、ただ、消えていくだけの色々なもの。
それは命であったり、その命が抱えていた未来であったり、築き上げられた過去だったり…
ひたすら引き算をするだけの、ろくでもないものだった。
知らせを受けた芳郎は、母と共に父からの無事の知らせをひたすら待った。
夜は母が狂ったように泣きわめくので、芳郎は必死でなだめ眠れぬ夜を過ごした。
「メリケン国というのは本当に無情なところだよ!」
原子爆弾が何かというのは、実際のところ芳郎にも母にもよく解らなかった。
ただ、たった一つの爆弾で、町がいくつも消し飛んだのだと聞いた。
恐ろしいものだと身震いした。
しかし芳郎は父の言葉を思い出す。
『日本人は残酷か?―否。』
『中国人は残酷か?―否。』
『米人は残酷か?―否。』
皆、因果応報なのである。
父は言った。
間違いもあった。勘違いもあった。だが、曇りのない心で世を見れば、責めるべきは何もないと。
悔いの上に立って尚、生き抜くことが大切だと。
『儂は、憤った。憤慨した。虚構橋のことも、そもそもは何者かが日本軍に発砲したのが始まりだ。何者か…ここは中国だ、答えなぞ聞かずとも推測できた。そして通州の200を越える日本の民間人の殺戮。女は辱めを受けて尚、骸にて恥態を曝された。見てきたものは、人間が蜂の巣のようだったと言った。このような無慈悲な仕打ち。…しかし裏を反せば日本軍も同じように、中国人を惨殺したのだ。言葉が違えば、残酷なのか?違う。勝手な憶測だ。時代と思想が酷いのだ。本当は、人は皆、思いやりを持っている。生き物の中で人間が秀でているのは、理性があるからだ。お偉さん方、早く気づいてくださればいい。儂は悔しい。』