有料散歩



原爆投下の知らせから、ほんの幾日か後の事だった。

母親が震える手でにぎりしめていた知らせ。


はらりと手を滑り抜け、足元に落ちたそれを芳郎が拾い上げる。


まだ10になったばかりの芳郎だが、父に似て聡明で、読み書きも知識も大人顔負けなのである。

知らせには、こうあった。


―八月十五日、天皇陛下より全国民に知らせあり。
日本軍、米軍に降伏し、終戦す。
早々に帰国の手筈を整えられよ。



昭和20年のことだった。











「明花ー!」


芳郎は寂れた町へ走る。


戦争が終わった。


戦争が、

終わったのだ。


勝ちも負けも芳郎にはどうでもよかった。
ただ、無駄な殺戮はもうなくなるのだ。

父が切望していた、戦争の終わりが来たのだ。


明花はこの町に奉公に来た娘。
幼くして親兄弟と別れて、下働きをしている。
寂しくないのは、芳郎がいたからだ。


飲食店の裏口で野菜を洗っていた明花を見つけ、芳郎は勢いをつけて抱きついた。


終戦と、國に帰れる旨を話す。
頬を紅潮させ、弾む心を隠せない。


明花は黙って聞き、顔を曇らせた。
芳郎の帰国が辛い。


今年で15になる明花。
あまり食事をさせてもらえないので、10の芳郎と変わらない背丈。

明花は芳郎が好きだった。

しっかりしていて、勇ましく、だが底抜けに優しい。

年下には思えなくて、いつの間にか心を寄せるようになった。

まだまだ日本人に恨みつらみを持つ人がほとんどだったが、そんな世間の風なんて気にならなかった。

芳郎といる時間が一番和むし、楽しかった。


唯一のよりどころの芳郎が帰国する。


明花ははち切れそうな胸を抑え、ふんわり笑った。




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