有料散歩
帰国の手筈は整った。
父に代わり、集落に日本人を集め、名簿も作っておいた。怪我人の症状もしっかりと記載した。
帰路に必要であろう食料も、貴重な塩で漬けて保存した。
芳郎の働きには皆感服し、子供だと蔑むものはいなかった。
芳郎が一通りの事を済ませてしばらく、國からの音沙汰はなく、そのまま、何週間も過ぎた。
今日こそは國からの知らせか迎えの使者が来るだろうと、毎日集落の入口に佇んでいた。
明花が日に何度も訪れるきりで、父の消息も不明のままだった。
明花は日に日に落ち込んでいく芳郎が心配でたまらない。
少しでも仕事の手が空けば、芳郎の元を訪れた。
そして明花にはひとつの考えがあった。
集落の人達にもいつも声をかけ、少しずつ仲良くなった。
「芳郎…コンニチワ。」
ある日の昼下がり、集落の入口の岩に腰掛けていた芳郎に、明花が声をかけた。
「明花…?」
「今日はよいとんきです。」
空を指差して微笑む明花。
芳郎は笑った。
「それを言うなら、良い天気、だよ。」
芳郎が久しぶりに見せた笑顔は無邪気で、明花を安心させる。
ここにいる人達は忘れているかもしれないが、芳郎はまだ10歳の遊び盛りの男の子なのだ。
でも自分も、そんな子供に縋り付こうとしている。
明花は少しだけ自分を恥じた。
「芳郎…つらい?」
「辛い?どうして?」
「だって…むかえ…ぜんぜんこない。」
「…大丈夫。きっと来るよ。でも、明花、日本語いつの間に覚えたの?」
「まいにち…みな…はなしてるの、きいとった。」
芳郎は感心した。
この数週間、自分は待ってるだけだったのに、明花は言葉を会得していた。
芳郎は何も考えず行動を起こさなかった自分を恥じた。