有料散歩
「母さん、港に行って来ます。」
父の安否を心配するあまり、床に臥してしまった母に進言する。
「港…?」
「このまま待っていてもらちがあきません。港まで行って、日本に行く船を探してきます。」
芳郎は己を奮い立たせ、何名かの健康な者を連れて、片道5日の道程を行くことにした。
出立の日、明花が旅仕度で集落の入口に立っていた。
「明花?」
「わたしも、つれて、いく。」
「なっ、だめだ!奉公先に叱られるよ!?」
「ほうこう、ほんとは、終ってる。でも、いえには、かえるできない。もう、いえ、もえて、ない。」
「…え?家族は?」
「みな、しぬした。」
「そんな…」
「芳郎…わたし、芳郎といっしょが、いい。」
「…だめだ。…今は。」
落胆し泣きそうな明花を残し、芳郎は出発した。
後ろ髪を引かれるとはこういう事だろうか?
いや、しかし、チャンスの神様には前髪しかないのだ。
このまま待ちぼうけを喰らうくらいならば…、芳郎は帰国の細い糸を手繰る。
もしかすると、父は既に日本の土を踏んでいるかもしれない。
淡い期待を抱き、港の船を見回った。
とある貨物船を前にして、日本語を話す紳士がいる。
下賎の者が積み荷を降ろしているので、日本から来たばかりの様子だ。
芳郎は身なりを正し、話し掛ける。
「あの、もし、日本の方とお見受けしますが…」
「ん?ああ、そうだが?」
「私、日本軍軍馬医、柊芳夫の長子、芳郎と申します。終戦の知らせを受け、帰国せよとの達しを頂戴しましたが、一向に國からの沙汰がなく、こうして自ら帰国の船を探しに参りました次第です。」
「ほう…お若いのに利発な事ですな。今、國は戦の収拾で混乱しているのですよ。待っていてもまだ暫くは迎えは来ますまい。」
「そうでしたか…、では、お願いします。どうか船の片隅でもいいので、私の集落に集めた日本国民を國まで乗せてはくださいませんか?」
「ふぅむ…何名おりますかな?」
「皆で50余名おります。」