トリップ
その手を離さず、小久保の腕が空いているという最高の隙を見つけ、一気に心臓めがけてナイフを突き出した。
ジュクッ、という血の溢れるような音が聞こえる。終わったのか、と耳を澄ますと、横から小久保が血を吐きながらケイラに話しかけた。
この状態で話しかけるとは、何という生命力の持ち主だ。
胸にナイフが沈んでいるのに、そこまでして話したい事でもあったのだろうか。
「お・・・い」
耳の横で呟くように言うので、よく聞こえた。
「俺の死体は・・・寺の下に置いておけよ・・・」
「お前・・・」
「あと」
続けて小久保が血の混じった唾を飛ばす。
「俺が死んだ事・・・キリダ ツトムには・・・言うなよ」
「ど・・・どういう・・・」
「俺のことは・・・・『逃げられた』って・・・言えよな」
「何で・・・」
それ以上はもうほとんど喋ることが出来ない。
小久保は、死を察してキャプテンを気遣ったのだろう、「来るなって言ってあげようか?」という言葉を思い出した。
「世の中は・・・馬鹿が多いからよ・・・」
最後の一呼吸で、魂をも体から出て行ったように、1つの命が消える。