トリップ

「あ・・・あ・・・」

自分でも信じられなかった。この男を殺したら自分の居場所がなくなることを知っていたというのに、何故殺したのだ、と俺は自分を責め、逃げるように事務所を飛び出した。

尋常でないスピードで走り続けて30分だっただろうか、あの事務所から遠く離れて歩道橋の前まで着いた。

自分と、この仕事を繋ぐための媒体である男を殺してしまった。

心臓が破裂しそうだった。歩道橋の上から身を乗り出して死のうと思っても、俺はあれぐらいの高さでは着地してしまう。

ナイフは血で濡れていて人の目に付くから使えない。

どうしよう、と呟くと隣から「俺もだよ」と声が聞こえた。

ふと振り向くと、歩道橋にもたれかかっている男が目に入った。20代に見え、結構若く見えた。

「何がだよ」
「俺もさ、どうしよう、って悩んでんだよ」
「何に悩んでんだ」
「お仕事。人材がいないんだよ。お前みたいな学生さんには無縁の意味でな。えっと、中学生?」

ふざけんなよ、退学にはなったけど高校生だっつうの。

そう言ってやると、男は陽気に笑い「そかそか」と頭を掻いた。

「俺だってな、お前みたいな社会人には縁の無い仕事で悩んでんだよ」

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