トリップ
「お前は頑張ってるな」
声のしたほうを見ると、いつの間にかリクはしゃがみ込んで壁の所に手を置いている。その先には、2匹の子供を連れたネズミがいる。
エリカはゴキブリでなければそこまで怖くなかったので、悲鳴は上げなかった。
「おいで」
リクが声をかけるが、ぐしょぐしょに濡れた3匹のネズミはなかなか動こうとしない。親のネズミがやっと手の上に乗ると、一瞬リクの力の入っていた肩から力が抜けたように見えた。
笑いはしなかったが、不快そうにも見えない。ただ見守るように、親指の腹でネズミの体を撫でる。
「怖がらないんだな」
「何が」
「ネズミを、怖がらないんだな」
「別に怖くないですよ」
「良かった」
リクは嫌いで残したのだろう、小さな手の中に収まるくらいのクッキーを5つほど取り出し、近くの物陰にそっと置き、そこにネズミを放す。
「調理実習でつくったんだが、甘いものは嫌いなんだ」
「ああ・・・そうですか」
リクは視線をネズミに戻すと、息をつく。
「大事な子供たちだ。手放すなよ」
親が子を手放すわけが無いと思ったが、リクの言葉はとても強調されていたように思える。
「先輩って、案外優しい子やったんですね」
「そんなわけない。あり得ない」
「有り得んって・・・今の地点でハッキリした事なのに・・・」
「俺は人間には酷い奴だぞ」
中国人少年や仲間と話していた時の姿は何なのだ、と問い詰めてみたくなる。
雨が、大泣きするように酷くなる。