夜中散歩
兄を殺した。
私の兄を、拓が。
それを私は、ただ傍観していた。

どうしてだろうね。
止めることは出来なかった。
兄が死んだって構わないと思う自分が居た。
こんなことをする兄は、別にどうなったっていいんじゃないの?
そう思った。
でも、実際に兄が命を落としたとき、不思議と涙が出た。

衝動に駆られてしまったら、止めることは出来なくて。
手をかけたのは、自分の好きな人で。
切なくて、苦しくて、残酷すぎて。
巻き戻したくて、出来なくて、時間がやってきて。

その場に腰を落とす拓の手を握って私は話を始めた。

拓が混乱していることは明確だから、私が何とかしなきゃって。
時刻は20時12分。自分に何が出来るだろう?
拓がしてしまったことを、隠し切るには。
隠し切らなくちゃいけない。

大きく深呼吸をする。
涙が出そうだけど、ぐっと堪えた。
「ごめんね、ありがとう」
そう言うと笑顔を作る。
「拓のことは守るから…だから拓は、何も心配しなくていいんだよ」
声が震えてしまうのが分かる。
余裕なんて無かった。
目の前が人が死んでいるんだから。
落ち着いて考えよう。
拓を犯人として差し出すなんて出来ない。
私を守った張本人。悪いのは私だ。

兄の姿に目をやると、兄の首にはマフラーが巻かれていた。
凶器はこのマフラー。私が拓にあげたマフラー。
殺害方法は首を絞めたことによる、絞殺。
繋いでいた手を離し、兄の顔を触る。
冷たく動かない姿が死んでいることを決定付けた。

『自殺に見せかける』

私の頭の中では、この思いが張り巡らされていた。


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