夜中散歩
何度も何度も言葉を投げかけるが、返ってくることはない。
ここで『普通』なら不思議に感じる。
だけど、不思議に感じることはなかなかない。

母がドアの前で何を言っても、返事が返ってくることはなかなかない。
返事が返ってきたとしても『うるせぇんだよ』と怒鳴られるだけ。
そして母は溜め息をついて、ドアの前に朝食と昼食を置く。
母が帰ってくる頃には、それが器だけの状態で返されている。

お膳の上に乗った、空の食器。
それを見るたび、満月は兄に聞いた。
「これから夕食食べるけど、お兄ちゃんは?」
返事なんか返ってこないかもしれない。
一向に返事が来ないため、部屋に入ろうとしたとき。

「食べる」
と一言だけ言って外に出てきたのだ。
その姿に母も父も驚いた。
父はまだしも、母は兄を心配していた。
『愛』がなければ、毎日毎日、ドアの前で兄に話しかけようとはしない。

毎食毎食、部屋の前に届ける母の姿を見て私は言った。
「あんなお兄ちゃん放っておきなって、食べたくなったら自分から来るでしょ」
その言葉に母は寂しげに笑った。
そしてドアの前で何度も何度も、兄に言葉をかけた。
馬鹿じゃないの?返事なんかしないって。

内心馬鹿にしていたけれど、本当は憎かった。
母から愛情を受ける兄。それが憎かった。

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