夜中散歩
「真希ちゃんは一番になりたい?あたしを越して」
「どうかなぁ」
言葉を濁しつつ、考える。
私の中には、ちょっとしたポリシーがある。
一番になったら店を辞めること。
一番になれば、少しの知名度が生まれる。
それこそ、ドレス姿で近くを歩けば店の名前と源氏名を囁かれるほど。
いくら私が年を偽って店に出ているからって、いつバレるかは分からない。
常にリスクを持っているのは事実だから。
だけど、Dearestに居心地を感じているのもあるから、一番にはならない。
小雪さんは超えられない。私には。

「私は小雪さんを越せませんよ」
そう言うと、小雪さんは少し顔をしかめた。
そして、それは違うよ、と言いながら
「真希ちゃんはあたしを越せないんじゃなくて、越さないだけじゃない?」
厳しい表情を浮かべる。
この人は本当に仕事が好きなんだな、と思う。
「Kのナンバーワンだった子があんなちっこい店で一番になれないわけないよ」
「それはそれですよ」
少し嫌悪な空気が流れる。
それを察したのか、「ごめんね」と謝る小雪さん。

「あたしは一番じゃなきゃだめなの、存在価値がなくなっちゃうから」
眉を下げて笑う。
私が小雪さんを見ると、話を続けた。
「一番になってみんなに認めてもらいたいって思う自分が居るの。だから葵を越してみたかった、でも出来なかった」
ソファーに横になり、そこからは自傷の跡が見えた。
見てはいけないものを見てしまった気がして目をそらす私。

< 98 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop