【企】$oldier File
彼女と支部長室を出て、廊下を歩いた。
「気分は?」
「悪くない」
彼女は相変わらず薄い表情を浮かべている。
あえてエレベータを使わず、階段を上がる。
「また忘れたのか?」
俺は彼女に問う。
彼女はここ2,3年、大きな戦闘の度にふらりと行方不明になる。
そして突然思い出を無くして帰ってくる。
それをこうして何度も繰り返している。
もう―…12回目だ。
「なんのこと?」
彼女は首を傾げた。
「たとえば…、俺。わかるか?」
彼女はきょとんとしていた。
少し悲しい。
「ああ、そうだね。忘れたのかな。君、誰なんだろう?」
いつも彼女の思い出ごと俺は消失している。
「サルバ=カーシュマ」
彼女はいずれ、自分で記憶を取り戻す。
それまでは俺のことも忘れたまま。
そうやって俺たちの世界は、12回目の流転を繰り返す。
「そう、サルバね」
彼女は俺の名前を受け取った。
「ああ」
いつも俺からは何も言わないことにしている。
彼女が求めれば答える。
人間はそういうものだ。
自分に過去との繋がりがなくとも、名前さえわかれば他人とは繋がっていける。
生活に支障はない。
彼女の過去の一片は、俺が背負っていけばいいはずだ。
彼女の理性が記憶を取り戻すまで。
「知ってる」
不意に彼女は言った。
「何を?」
俺は尋ねる。
「あんたを」
俺は後ろを振り返る。
彼女と向かい合う。
「そう。俺を?」
俺は答える。
沈黙。
お互いの瞳を見つめる。
吸い込まれそうなブラック。
濁りがない。
どこまでも墜ちていけそうなコスモス。
いわゆる俺の美学。
「特別」
「何故?」
口にしてから、自分でも驚いた。
なぜそんなことが気になったのか、わからない。
「理由が必要?」
彼女の一言で急に恥ずかしくなる。
らしくないじゃないか。
普段の俺は物事に執着しない。
「まあ、いいや」
気持ちを握り潰した。
わからない。
だけど、関係ない。
そう、俺達はいつも淡白で、時々お互いの死に様を描いているのだから。