最後のおくりもの

私がそのあまりの綺麗さに見惚れていると、男の子がゆっくりとこちらに振り返った。

ドキッ

男の子と目が合った瞬間、私の胸の鼓動が高鳴った。

なぜ胸が高鳴ったのか、あの時はわからなかった。



…今思えばあの時、あの瞬間、あの穢れのない目に見つめられた時に私は一樹に恋していたのかもしれない。



私と目が合った途端に男の子は目尻をゴシゴシと服の裾で乱暴に拭いて、また私を見てきた。

「…こんな夜中に屋上に来る人がいるなんてね、思ってもなかったよ」

そう言って小さく笑った。

また、私の胸が高鳴った。

私は胸の高鳴りに気づかない振りをして男の子に話掛けた。

「…気分転換にたまたま来てみたんです」

そう男の子に返した。

男の子は「そっか」とだけ言うと私に向けていた顔を上にあげ、空を見上げてボーっとしている。

2人の間に会話はなく沈黙が続いた。

でもその沈黙は決して嫌なものではなかった。


少しして沈黙をやぶったのは男の子のほうだった。


「俺…小さい時からずっとこの病院にいるんだ、たしか9歳のときからかな」

いきなりのその言葉に私は息を飲んだ。

だって…9歳ってまだ小学生になったばっかの頃だよね?

それからずっとって…じゃぁ学校は?友達は?

私の頭の中に疑問がたくさん浮かび上がってきた。

でもそれを口にする前に彼が口を開いた。

「9歳の頃から学校に行ってないからあまり学校の記憶がない、ましてや友達だっていない。外にだって数えられるくらいしか出たことないんだ」

そう言って彼は寂しそうに笑った。

「そぅ…なんだ」

それしか言えなかった。



悲しかった。
私たちが普通に思っていることを普通に出来なくて悲しんでいる人がいることが。


バカだと思った。
そんなことも知らないで捨てるように人生を過ごしてきた自分が。

伝えたいと思った。
彼に楽しいこと、面白いこと、たくさん教えてあげたいと思った。

笑った顔が見たいと思った。
寂しそうに笑う顔じゃなくて、そう、本当の笑顔が。



なにより、




―――そばにいたいと思った。
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