彼女の日記〜きみを忘れない〜
廊下をゆっくりと進む。包丁を持つ右手の中は、汗でびっしょり。
心臓の鼓動が、どんどん速くなる。
奥にあるトイレに、誰かがいる。
その物音は、近づくにつれ嘔吐している声に聞こえる。
ドアは開けられたままで、真っ暗な廊下が、そこだけ明るい。
壁にぴったりと体をくっつけて、中の様子を伺おうと覗き込んだ。
中から聞こえるのは、吐き続ける声と、酸っぱい臭い。
続けて吐いているせいで、同時に体が弾むように動いている。
持っていた包丁が右手から滑り落ちた。床に落ちた音も嘔吐する声に消された。
便器に向かって、膝をついている誰かの後ろ姿。
その後ろ姿は、現在のゆいの後ろ姿だった。
ぴったりだったパジャマも、今のゆいには少し大きい。
今にも折れるんじゃないかというくらいに細い腕に背中。
自分の子供なのに、分からないなんて・・・
ゆいを見て涙が流れた。
もしかしたら、さっき落とした包丁が、右足の小指に傷をつけ、その痛みに泣いたのかもしれない。