【中編】夢幻華
――杏。俺の傍から離れるなよ。ずっと傍にいるんだぞ――


幼い頃花火大会ではぐれたあの日。暁はあたしの手を握って同じセリフを言った。

ずっとずっと心の奥に大切に閉まってあった思い出。

夏の夜空に大輪の華を咲かせたあの夜の事をあたしは忘れた事など一度も無かった。


「『あんず、さとるのおよめさんになるよ。ずうっとそばにいるの』」

ワザと幼い口調であの日のあたしの言葉をそのまま暁に返してみた。暁は気付いてくれるかしら?そう僅かな期待を込めて…。

クス…と瞳を細めて笑った暁は、あたしの意図に気づいてくれたようだ。

「『杏、俺のお嫁さんになるのか?うわ…右京父さんにどつかれるな、俺。』」

暁もクスクス笑いながらあたしの手を強く握ってあの日と同じように見つめてくる。

「『パパがさとるをおこったら、あんずがパパをしかってあげるね。』」

「『そうだな。いつか杏が大きくなって、その時もまだ、俺を好きでいてくれたら…お嫁さんにしてやるよ。』」

暁の言葉は心の中に鮮やかにあの夜の光景をつれてきた。

夏の夜に咲いた夢幻華。

あの日の花火はあたし達の永遠の約束の華だった。


幼いあたし達が交わした約束は


10年の時を経てようやく果たされたのね。



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