傷だらけのヴィーナス
―――このとき、私は自分の手が傷だらけだということを忘れていた。
あまりにも“それっぽい”その振る舞いに、なんだか熱に浮かされたようになにも考えられなくなってしまう。
ずるい。
主任はずるいんだ。
私みたいな女にも優しくしてくれるから、私は勘違いしてしまいそうなんだから。
「有紗ちゃん?」
「…なんでしょうか」
帰り道、不意に私を呼ぶ声に、私は立ち止まって答える。
「少し、だけ……」
そう言って力強く私を抱きしめた間部主任。
ほんの一瞬ではあったが、私は振り払うこともせずその腕に包まれていた。