傷だらけのヴィーナス
「はぁ………」
時計を見ると、とっくに定時が過ぎた20時を回ったところだった。
私は資料室から出て、帰る準備を始めた。
全員帰ったようだったが、まだ電気が消えていない。
不用心だなぁ……
そう思いながら机の上を片づけていると、誰かが戻ってきた。
「―――有紗ちゃん」
好きな人に呼ばれる自分の名前は、どこか特別になったような気分さえする。
私は顔を上げて、声の主を見つめた。
“有紗ちゃん”だなんて呼ぶ人は、社内に一人しかいない。
間部主任は、入口で足を止めこちらを見つめていた。