河童沼ロマンティック
そのうち酔っぱらった父が、ソファに座ったまま、うとうとし始めました。
私は父の体にブランケットをかけて、川原さんと顔を見合わせました。
そして、彼が言い出したのか、私が言い出したのか、どちらにせよふたりの合意の上で、一緒に家の外に出ました。
酔っぱらいの頬を、田舎の夏の涼しい夜風が撫でていきます。
見上げると空には星がきらめき、酔いが回ってくる。
顔を見合わせてくすくす笑います。
「近くに、河童沼があるの。行ってみる?」
川原さんは頷いて私に手を差し出しました。
酔いと勢いに任せてその手を取ると、熱かった。
「河童がいるの?」
「たぶんね。河童沼って私が勝手に付けたの。ちっちゃい頃、河童が住んでるって想像したから」
「河童が飛び出して来たら嫌だなぁ」
私達は河童沼へと向かってぶらぶら歩きました。
狭い田舎道を、月明かりとぽつりぽつりとあるだけのちいさな外灯が薄く照らし出します。
ひとりなら絶対に歩きたくない夜道です。
「もしかしたら、川原さんが河童かもね」
「えー俺、お皿持ってないよ」
川原さんは笑いながら首を傾けて頭頂部を見せてくれました。
「本当だ。はげてもない」
川原さんは満足そうに頷くと、私の肩に自分の肩をぶつけました。
そんな様子は、私達が本当に前からの知り合いのような気分にさせます。
「昔ね、河童にきゅうりをあげたの。河童ってきゅうりが好きでしょ」
「あげたの?」
「うん。夕方河童沼にきゅうりを置いて来たの。朝になったら、そのきゅうり無くなってた」
「へぇ」
「だから、河童がお礼に来たのかと思った」
「俺のこと?」
私は頷いて前方を指しました。
「河童沼よ」
道路より1メーターくらい低い場所に河童沼はあるのです。
沼の周りには背の高い草が生え、水面にはお月さまが黄色く光っています。
「結構大きな沼なんだね」
「本当は昔の貯水池だからね」
私達は手を繋いだまま、沼の周りの土手を歩きました。
「大丈夫?」
川原さんは何度か私の足許を気遣ってくれ、私は川原さんが河童なら怖くないなぁと思っていました。