河童沼ロマンティック
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沼の畦道の途中、川原さんは茂みに手を伸ばし、黄色い花を摘み取りました。
「レモングラスの花よ。昔私が植えたの」
「レモングラス?」
私もその青々とした茂みの中から葉を一枚摘むと、真ん中を指で折って川原さんの鼻にかざしました。
「レモンの匂いだ」
彼は感心したように頷いて、手に持っていた花を私の髪に挿しました。
耳に川原さんの指が触れ、汗とお酒とレモンの薄い香りが混ざり合った空気が鼻をかすめました。
鼓動は早くなり、耳朶が熱くなるのが分かりました。
そして真剣な表情で私の髪に花を挿す彼を見つめたまま、私は動くことが出来ませんでした。
どうしたの?と川原さんは目で問いかけます。
「ありがとう」
そう言うと、彼はにっこりし、また私の手を取って歩き始めました。
「緋央ちゃんの方が、この沼の主みたいだよ」
「え?」
「名前をつけたり、木を植えたりして」
私達は沼の周りを一周し終えて、来た道を戻ります。
「どうして俺を河童だと思ったの?」
川原さんと私は、時間を惜しむかのようにゆっくり、ゆっくりと歩く。
ふたりとも、酔いはもうすっかり醒めているようでした。
「川原さんが家に来た時、西陽が当たってたでしょ。私が河童にきゅうりをあげた時も、同じ西陽の時間だったの。それに川原さん、きゅうり好きでしょ」
「ははは、ばれたか。うん、さっきのきゅうりと明太子のつまみは美味しかった!」
「ほらね」
「本当に河童だったりして。あの夏の日はきゅうりをくれて、どうもありがとう」
「ふふふ。どういたしまして」
くすくす笑いながら、でも帰り道は来た道よりも早く感じるものです。
私達はあっという間に家に着いてしまいました。