河童沼ロマンティック
リビングではまだ父がうたた寝しています。
ブランケットをかけ直し、すやすやと眠る父の、歳をとった顔を眺めるとおじいちゃんが浮かんで来ました。
おばあちゃんに似ていたはずの父なのに、やっぱり親子なのです。
母はまだ来ません。
壁際の寝椅子に体操座りをして、膝におでこを押し当て目を瞑る。
優しくて明るくて魅力的な川原さんが河童だったら
その思いつきは私の心を、より楽しいものにしていました。
どのくらいの間、そうしていたのでしょう。
ドアの開く気配がして、母が来たのかと見上げると、川原さんが顔を覗かせました。
「どうしたの?」
「おやすみ、言ったっけ」
「言ったよ」
私が笑うと、川原さんはばつが悪そうにはにかんで、私の座っている寝椅子の端っこに腰を降ろしました。
「寝ないの?」
「お母さん、来るから」
川原さんといると、あっという間なのに、時間がゆっくりと流れているように感じます。
「本当におやすみ、言った?」
私達は寝ている父を気遣って静かに笑う。
「おやすみ」
そして川原さんは私にキスをしました。
唇が触れるか触れないかくらいの短いキスでしたが、きっと私の唇は彼のそれを待ち構えていたのでしょう。
ためらうようにしながら、私達はもう一度、唇を重ねました。
今度はゆっくりと長いキスでした。
時間が止まったかのように感じる瞬間があるとすれば、それはその時でした。
この家で、今までに何度、時は止まって来たのでしょう。
若い時のおじいちゃんやおばあちゃんの想いも、どこかに留まったまま、あるのかもしれません。
唇が離れると、私達は照れたように微笑み合いました。
「おやすみ」
「おやすみなさい」