鏡の中の僕に、花束を・・・
10
鏡の中から、奴は見ていた。
「お、お母さん・・・。」
呟いた。奴は、僕の母親を見ていた。
鏡の中にも母親はいる。けど、それは奴にとって母親ではないのだ。奴にとっての母親、それは僕の母親だった。

もう随分と前の事だ。
「武志ちゃん、髪の毛チョッキンしよ。」
子供の頃、僕は母親に髪の毛を切ってもらっていた。その日も母親に呼ばれ、庭に出た。晴れていた。暖かい日射しが、とても気持ち良かった。
「うん。」
今は髪の毛を切るのは好きではないが、当時は嫌いでなかった。僕は言われるがまま、小さな椅子に腰掛けた。
「武志ちゃんはいい子だね。」
白いカバーを広げ、僕に被せた。
「武志ちゃん、てるてる坊主みたいだね。」
「てるてる坊主かぁ。」
なんだかよくわからないけど、母親が笑ったから僕も笑った。
「そう、てるてる坊主。かわいいね。」
「かわいい?」
褒められると、素直に喜ぶ子供だった。心が綺麗と言うのは、ああ言うのを言うのだろう。
「じゃ、切るよ。ジッとしててね。」
手慣れたものだ。チョキチョキとリズムにのりながら、髪の毛をどんどん切っていく。庭には僕の髪の毛がたくさん落ちた。
「お母さん、上手だね。」
「当然よ。何回、武志ちゃんの髪の毛チョッキンしてると思う?」
「ううん、わかんない。」
両手の指を折り数えてみた。しかし、当然数えきれる訳がない。だんだんとわからなくなり諦めた。
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