鏡の中の僕に、花束を・・・
「あら、あら。」
母親は鏡についた髪の毛を払っただけだ。しかし、これがいけなかった。
やさしく、やさしく払う。鏡の中にそのやさしさが伝わった。
そして、温もり。手の温もりが鏡の中に伝わる。
「うわぁ。」
不思議な感覚だ。とても、うれしい。鏡の中でも同じ事は行われているが、中でのそれはうれしくもなんともない。冷たい手。それはむしろ不快だった。
なのに、この手は違う。ちょっとしか触られていないのに、うれしくてしかたがない。
この時、奴は思った。

「あっち側に行きたい。」

鍵は開いた。開いてしまった。
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