鏡の中の僕に、花束を・・・

よく彼女の手料理を食べるのが夢みたいな話を聞くが、その点僕はついている。毎日、こうして食べられるのだから。それもめっぽう美味い。
「おいしい。」
思わず、声が漏れてしまう。
「本当？まだあるから、たくさん食べてね。」
「うん、わかった。」
楽しい食事の時間だ。こんなに楽しい食事は経験した事がない。本当にうれしい時間だった。
「おい、美園。まだ、あるって半分は俺のだろう。それまで、こいつに食わす気か？まったくヒドい奴だな。」
「お父さんはたくさん食べなくていいのよ。太り過ぎなんだから。そのうちお腹が邪魔して、仕事場に入れなくなるよ。」
「それは困りますね。社長、僕が食べておきますよ。」
冗談で、社長の皿にあるおかずを取ろうとした。
「あ、おい、こら。」
笑った。いつまでも、僕たちは笑っていた。僕と彼女の距離は、自然に、ごくごく自然に近づいていた。僕自身が気づかないくらいに、本当に自然に近づいていた。

ある日の帰りだ。僕が玄関を出ると、後ろから彼女が声をかけてきた。
「千代田君！」
「美園さん、どうしたんですか？」
僕が帰る時、彼女はいつも事務をしている。当然、今日もそうだと思っていた。
「うん、一緒に帰ろうと思って。」
「一緒に？」
ここに住んでいるとばかり思っていた。だから、かなり驚いた。
「あれ、言ってなかった？私は一人暮らししてるんだよ。」
「なんで？」
わざわざ、そんな面倒な事をするのは不思議だった。
「だって、服が臭くなるんだもん。お父さん、突然色んな所で作業始めるから。あまりシンナー臭い女って言うのもね。」
「あぁ、なるほど。」
一日作業していると、僕の服もかなりの臭いを放っている。彼女が嫌がるのも当然だろう。